コラム 「ヘェ〜的な話」その16 2005年 7月31日更新

インターネットの最大の売りは、情報収集のしやすさだと思うであります♪
専門的な内容からマッドなものまで

その内容は多彩で飽きることがありませんよねぇ〜
今回は、こんな関係もいいなぁというものを紹介します。

ちょっと前に某大学の生協の職員さんの「一言カード」を通した学生との
コミュニケーションが話題になりました。
知らない人の為に、いくつか紹介しますが、
 

Q:仙豆がほしい。
A:大豆や小豆すら品揃えしていない生協に仙豆など望むべくもありません。
  空想上の豆とはきっぱりと決別し、日頃からの滋養強壮に励んでください。

Q:リュウとケンはどっちがつよいんですか?
A:リュウとケンは、この場合誰のことを指すのでしょう?
  (漫画のキャラクターか何かですか?)推測の域は出ませんが、
  竜雷太と松平健の場合、全盛期ならおそらく竜雷太の方が腕力は上だと思われます。

Q:一人暮らしで寂しいので話相手や、御飯を作ってくれたりするロボットが欲しいです。
A:生協で上記の様なロボットは購入出来ませんし、生協以外でも購入は難しいでしょう。
  しかし、このような願望に依存しない大学生活を送って頂く事を強く望みます。
  お名前の欄をお見受けして感じたのですが、もし本名でこのような一言カードを提出
  する度胸があれば、この先どのような困難でも乗り越えられる気がしますよ!

いかかでしょうか!

もちろんこんな内容の一言カードばかりではなくちゃんとしたものも多いのだが、

そのやりとりから気さくな職員さんの人柄が見え隠れすることで人気を博しています。
ただ、一言カードが一人歩きしていてこの職員さんがどんな人物であるか

未だ謎でありましたが、とうとう直接インタビューした記事を見つけました。

この職員さんは元々早○田大学の生協に在籍し、昨年12月に現在の東京農○大

の生協に異動なさったとのこと。

学生時代はバンドで鍵盤弾きとして活躍なさっていたそうだ。

以前の職場は文学部であり女性が中心であったが、現在は工学部。
男子中心であり、当初はそのギャップに驚いたそうだ。
仕事は前任の人のものを引き継いだものであり、「一言カード」は多くの生協で運営されており、
「先に話題になってしまったので注目されているだけです」と強調する。
その度量あふれる受け答えから、しっとり落ち着いた熟年の方を想像していたのだが、
実際はとてもさわやかな「むしろ学生のノリに親近感を覚える」と語る人であったらしい。

「最初のきっかけはゲームに関する投稿だった。
ちょっと張り出したら面白そうだなと思ったんですけど、ゲームの話題をそのままゲームの
話題で返したら面白くない。
だからゲームについては知らぬ存ぜぬで、でも、ただ知らぬ存ぜぬだけではなく
投稿した人が予想外だと感じるような内容で返答した。」
それを見たゲーム研究会の方が面白がってインターネットで紹介したのが始まりだったそうな。
その職員さんいわく、
「内容によってはきちんと時間をかけて入荷状況を調べて書かないといけなかったりしますけど、
今の路線になってからはその瞬間のノリで答えられたりしますから、ありがたかったりもします(笑)。
こうした感じで、リラックスしてコミュニケーションできるのはひょうたんからコマと申しますか
癒されますしありがたいですよ。
投稿も個人として興味のある話題だったりすると、どんどん自分でもその話題を出したくもなりますけど、
そこはあくまでも生協の職員ですから一線を引くようにしています。

今はたまたまそのサジ加減がうまく行っているだけで、、、、」
さらに職員さんの日々のやりとりを逐次報告するブログが出現し、人気は一気に爆発。
多くのサイトが職員さんの「一言カード」を取り上げ、多くの人々が「こんな人がいてくれる生協はいいな」
と応援するようになったという。

興味のある人は、ネットサーフをしてみるのもいいかもしれません♪

 

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コラム 「ヘェ〜的な話」その15 2005年 6月20日更新

最近はすぐ切れる人が増えてきていると言われます。
自分の感情がうまくコントロール出来ないことが原因の様で、周りの人の教育がどうとか
言われますが結局本人がコントロール出来ないので人のせいではないはずです。
そこで今回は、医学的な話をちょちょっとさせて頂きます。
感情についてメカニズムが判ると、感情のコントロールにも役立つかもしれませんので、
耳の穴かっぽじってお聞きくださいねぇ〜(まぁ〜お下品!!)

人間ほど喜怒哀楽の感情を全身で表現する動物はいません。
この感情とは脳の中で作られる物質に左右されるそうです。


人間の
感情の基本となる物質は三つあり、それを感じることによって感情が
コントロールされているのではないかと考えられています。 

先ず腹が立ったときは
「ノルアドレナリン」が出ます。

これが出たときは腹が立って立ってしかたなくなります。 

次に恐ろしい思いをした場合や不安がある場合には
「アドレナリン」という物質が出ます。 


うれしい、楽しい時には快楽の
「ドーパミン」という物質が出ると考えられています。 


この三つがいろんな程度に出ることによって複雑な感情が起きているわけです。
例えば「ドーパミン」がたくさん出て、「ノルアドレナリン」が少し出た場合は愛情を感じます。
その逆で「ノルアドレナリン」がたくさん出て、「ドーパミン」が少し出ると憎しみになります。


『愛情と憎悪は紙一重』とは良く言ったものです。 

怒りの「ノルアドレナリン」と恐怖の「アドレナリン」は同じ言葉が入っていることからも、

よく似ている物質だそうです。
この二つの感情はよくセットで出てきます。
たとえば、車を運転していて横道から子供が飛び出してきたとします。
「うわっ、恐い。ひいたかな?ああよかった」と思った次の瞬間、
めちゃくちゃ腹が立ってきませんか?「このくそ餓鬼め!」。
皆さんはお上品だから「このうんこおぼっちゃまったら!」ということになるんでしょうか(笑)。

昔からよく「弱い犬ほどよく吠える」といいますね。
不安を感じている人、あるいは恐れている人はよく怒ります。

怒りっぽい人というのは実は弱い人なんです。
自分の人生に自信がない。自分の生活をうまく切り開けない。
それは恐怖、不安なんですね。この恐怖と怒りの二つが一緒に現れたときに愚痴となります。

「ノルアドレナリン」が出た、腹が立った、それで終わるならまだいいんです。
しかし困ったことに、これらの物質は、血液に入って全身を巡ります。
実は「アドレナリン」、「ノルアドレナリン」は非常に強力に血管を締めて血圧を上げる物質です。
さらに血糖も上げるし、癌を発生させる活性酸素を増やす作用もあります。
いつも怒っている、全てのことに対して不安があって愚痴愚痴している人は高血圧になったり、
糖尿病になったり、癌で死ぬかもしれません。
要注意です。

もし感情がこの二つだけで成り立っているとすると、人間は高血圧だらけ、糖尿病だらけ、

癌だらけになってしまいます。
実はそうならないように「ドーパミン」という物質があるのです。これは今までと全く逆の働きをします。
すなわち血管を拡げて血圧を下げてくれます。血糖を下げてくれます。

癌を引き起こす活性酸素を下げてくれます。
従って「ドーパミン」を出せば健康な生活が送れると言うことになります。
ですから毎日楽しく笑って過ごしている人は、非常に健康な生活をされて長生きするか、

精神病院に入院するかどちらかです(笑)
毎日へっへっへと笑いながらうろついていると救急車で連れて行かれます。
私の言う『笑い』はうわべだけの笑いではなくて、『心の底から充実感があってじわーっと楽しい』

ということです。


これが「ドーパミン」の『笑い』です。
 
この「ドーパミン」は人間だけの特許ではありません。
犬を飼っておられる方は、試しに新しいドックフードを買って与えてみて下さい。
犬は尻尾を振って喜びますよね。犬にも「ドーパミン」が出るんです。
しかし犬には餌をくれるという行為がないと、「ドーパミン」が出ません。 

人間のみが「ドーパミン」を自分でコントロールすることができます。
それは脳内麻薬と呼ばれるものです。
脳内麻薬が出ると「ドーパミン」を作る細胞が刺激されて、「ドーパミン」がたくさん放出されます。

それではなぜ人間だけ脳内麻薬がでるのでしょうか?
それは動物の中で人間だけが、困難に立ち向かって行こうとする向上心ある動物だからです。
他の動物は嫌なことがあると、逃げることしかしません。
「このままではだめだ。もっとよい生活を送ろう」と決意してがんばる犬はみたことがありません。

みなさんも、「ドーパミン」をコントロールして有意義な人生を過ごしましょう〜♪

 

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コラム 「ヘェ〜的な話」その14 2005年 5月20日更新

最近は暖かくなりましたねぇ〜♪
街中を歩いていても新緑がまぶしいくらいです。
暖かい昼間なら昼ご飯を早々にすまして近くを散歩したくなりますよねぇ〜?
でもっ私には思いもよらぬトラウマがあります。

それは
犬のウンコ です!

ある日のこと、あまりの天気の良さに、ぼーっと歩いていて危なく被爆する前に気付き

よけたまではいいのですが、よけた拍子に豪快にすっころんだことがあります。

犬にはいい思い出がまったくといっていいほどありません。
 

しかし、犬が悪いわけではないわけで、飼い主のモラルの悪さが問題だと思います。


日本では、道にウンコが落ちていると不快に思いますが、

案外おしゃれなイメージの国でも平気な国もあるようです。

若い女の子が、海外での生活に憧れているという話を良く耳にします。
最近でこそ中国、韓国などにも人気が出てきていますが、アメリカやヨーロッパなど、
華やかでおしゃれなイメージのある国が根強い人気の様です。

なかでも「花の都パリ」などというようにパリには素敵なイメージがついて回ります。
ブランドやパリコレ、なかにはパリジェンヌという、よくわからないけどなんか
おしゃれな感じの言葉も作られているくらいです。

そんなパリのある統計結果によると、パリ市では20万匹の犬がペットとして飼われており、
うっかり犬のふんを踏み、転んで骨折する人も毎年600人くらい余りいるとの事。

「ふん公害」を改善するために、飼い主に糞を片付けさせる為の条例を交付するほどです。
 

それこそっ、「糞だり蹴ったり」ですねっ(プップッ)


その昔、フランスでは
「各家庭で出た排泄物を家の窓から投げ捨てる習慣が日常的にあった」
というのは有名な話です。


街の石畳には深い溝にも意味があり、ウンコが通行人に踏まれたりしているうちに

溝に入り込んでやがて自然に還っていくという仕組みだとか、、、、

そんなウンコがそこらじゅうにちらばっている生活からかフランス人は基本的に排泄物に対して

免疫があり、犬の糞とかが地面のあちこちに落ちていても、全く気にしないで踏み歩く様です。

「パリで生活して、私もおしゃれで素敵なパリジェンヌになりたい」
な〜んてことを考えてるそこのあなた。


 本当に、パリに住みたいですか?
 ウンコまみれで歩く覚悟はありますか?

 

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コラム 「ちょっと考えさせる話」その1 2005年 4月26日更新

「近頃の若いもんは……」

よく年配の方が愚痴をいう時の文句ですけど、メソポタミア文明の遺跡からも似たような言葉が発掘されたくらい歴史のある言葉?らしいです。

私がネットサーフしていた時に結構話題になっていたプログのお話に考えさせられるものがありましたので、ご紹介したいと思います。

人それぞれ賛否両論あると思いますので身近で話題にされてはいかがでしょうか?

 

〜以下引用〜

席を譲らなかった若者

 

 「お年寄りを大切にしよう」なんていうのは昭和のキレイごとなのか。

きのうは社会と自分の意識の変化に気づかされる小さな事件があった。

 電車の座席はほぼ埋まり、車内には立っている人がちらほらいる程度。

私の向かい側座席の前には男性1人、女性2人のハイキング帰りらしい高齢者が立っていた。

私に背中を向けているから時たま見える横顔で判断するしかないが、60代半ばぐらいか。

彼らの目の前の座席には若者2人と50代ぐらいの女性1人が座っている。

若者は2人とも茶髪、1人はサングラスをしていた。

 この人たちに気づいたのは、この高齢者組の男性が

「最近の若い者は年寄りを立たせても平気なんだから」

「ちょっと前は罪悪感からか寝たふりをしたもんだが、最近じゃ寝たフリもしないからふてぶてしい」

などと、かなり大きな声で話しているのが耳に入ってきたからだ。

どうも自分の前にいる若者に席を譲らせて女性2人を座らせたかったらしい。

 ここまで嫌味っぽく言われると、まったく関係ない第三者の私だってちょっと気分が悪い。

すっかり眠気が覚めてしまった。反対側にいる私が席を譲れば、もう1人ぐらい誰か立ってくれるだろうと

思って腰を浮かせかかった瞬間、サングラスの若者が口を開いた。

 「あんたたちさぁ、山は歩けるのに電車では立てないの? それっておかしくない? 遊んできたんだろ? こっちはこれから仕事に行くところなんだよ。だいたいさぁ、俺みたいなヤツが土曜日も働いてあんたたちの年金を作ってやってるんだって分かってる? 俺があんたみたいなジジイになったら年金なんてもらえなくて、優雅に山登りなんてやっていられないんだよ。とにかく座りたかったらシルバーシートに行けよ」

 細部の表現は覚えていないながら、こんな感じ。

チャラチャラしているように見える若者の意外な発言に正直言ってビックリ仰天した。

「お年寄りに席を譲りましょう」とか「お年寄りを大切にしましょう」などというキレイごとを聞いて育ってきた

世代の私にしても、彼の言っていることは正論に聞こえた。

あたしって壊れてきているのかな? 浮かせかかった腰を再び降ろしちゃったよ。

3人の高齢者は凍りついたように黙りこくり、次の駅で降りていった。ほかの車両に乗り換えたのかもしれない。

 なんつ〜か、世代間の断絶というか格差を思い知らされたな。

そういえばいま一番元気でお金を持っているのってシルバー世代なんだよね。

戦後の復興と日本経済の躍進を引っ張ってきた彼らが「よく働いたんだからゆっくり楽しもう」

「若い人から尊敬されて当たり前」と思っているのも理解できる。

 一方、若者世代ときたら、自分の納めた年金保険料は自分のための積み立てじゃなく、

いま現在支給されている年金の原資。自分が受け取る年金なんてこの少子化社会で

支えられるはずないって分かっている。消費税だって時期はともかく2ケタになるのは必至。

これまでのような高度成長も望めない。将来に悲観的になるのもムリはない。

そんな世代のハザマにコウモリみたいな私の世代がいるってワケか。

 政治家は「ニート対策」とか口先では言うけれど、この若者を納得させられるような説明ができるのだろうか?

なるほど若者の勤労意欲が低下するのも無理ないな〜と思った次第。

自分が子供だったころとは社会がずいぶん変わってきていることを実感した。
 

〜以上引用終わり〜

 

いかかでしょうか?

あなたなら、どう思います?

私は、偽善をするつもりも、慈善をするつもりもありません。

自分の身内や知り合いならいざ知らず、自分のことをまったく知らぬ他人に自分の行いについてとやかく言われてまでその人にやさしくすることは出来ません。

親切や心配する人を騙す人が乱雑する現在、他人に親切にされた行為自体に疑問を感じるかも知れません。

自分の弱さを利用しようとする老人と、自分の正当性を主張しようとするがゆえに接し方を誤っている若者!

双方とも自己主張自体を間違っているのではないかっ?

やさしさの意味をはき違えるのではなく、自分自身をしっかり持っている人であれば、振り回されることもないんでしょうが、、、、、

 

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   コラム 「ヘェ〜的な話」その13 2005年 3月26日更新

最近は色々なお茶が出てますよねぇ〜
私は、ウーロン茶などの中国茶を飲むと下痢してしまうので飲みませんが、
ラーメンや烏龍茶を「中国4000年が生んだ味」
だと宣伝しても、素直に受け入れてしまう人が多いのはなぜなんでしょうか?


考えてもみて下さい。


そんなに、なんでもかんでも4000年の歴史があるわけないですよ!
烏龍茶にしたって今から200年ぐらい前に出来たもので、昔からあるものではないそうです。
しかも烏龍茶は福建省の地方茶なので、当然ながら中国全土で飲まれているわけではありません。

そういえば中国茶の最高と言われる、武夷岩茶の「大紅袍」。


歴代の皇帝から、最近では毛沢東にまで献上されていたという本物の一級品だそうです。
このお茶、『世界ふしぎ発見』などのテレビ番組で大変高価だと紹介され、有名になりました。
 

その値段は実に20g250万円だとか!!

でもこの値段に根拠はないらしいです。

「大紅袍」は年に4kgほどしか生産されず、ほとんどが政府や地方自治体、
お茶の研究所などが所有してしまうので市場には出ません。
だから、本来値段がつかないものらしいです。

ではどうして、20g250万円という値段が言われているのか??
 


ある香港の大金持ちが、どうしても「皇帝のお茶」を飲んでみたくなって、
関係者に売るように何度も何度も迫った。
そのあまりのしつこさにまいった関係者は、この値段なら絶対に諦めるだろう
という値段をつけ、追い返そうとした。
それが、20g250万円という値段だったそうです。

その大金持ちは、「よし、買った!」と大喜びして買っていまい
それ以来、この値段がひとり歩きするようになったといわれています。

要するに、250万円というのは「かなり、ふっかけた値段」だったんですねぇ〜


ちなみに中国大陸にお茶を買いに行くと、どこでもかなり安い値段で

「大紅袍」が置いてあるそうですが、そういうものを買っちゃいけませんよ〜
 

本物の「大紅袍」は、福建省武夷山にあるたった四本の木からしか採れないもの。
安物の「大紅袍」は、この木から枝分けして作った木から採ったものなんです。
しかもその「子」の枝から、また枝分けした「孫」「曾孫」まで
「大紅袍」と称して売っているんです。
そんなものに価値はないので、だまされて買っちゃいけませんよ〜。

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その12 2005年 2月11日更新

毎年この時期になると、テレビ・ラジオや雑誌などで聖ヴァレンタイン・デー

のことが取り上げられます。

「西欧ではチョコをあげる習慣がない」とか、

「日本でチョコを渡す習慣がはじまったのは、神戸のケーキ屋さんが最初」

だとかいうウンチクが語られることが多いですね。

「では、もともと西欧において、聖ヴァレンタイン・デーは、どうしてはじまったか?」

は、あまりマスコミでは取り上げません。

 

それはなぜかというと……

 

 

今でこそ聖ヴァレンタイン・デーは、西欧では「恋人の日」として、

日本では「女の子が告白しても良い日」として認知されてますが

もともとは、全然、違う風習の日でした。
 

実は、ほとんど「乱交の日」だったんです(笑)。
 
もともとローマでは、2月に集会を開き、誰でも好きな相手を選んでカップル

になるという習慣がありました。
そして、ルペルカスという神の名の下に、何をやっても良いことになっていたそうです。

当然、そこで行われるのは、信じられないような酒池肉林(笑)。

ま、大規模な乱交パーティーみたいなものだったわけです。

ところが、

民衆に人気のあった(と思うよ、たぶん)この日を、快く思っていない集団がありました。

そう、
徐々にローマで権力を握りつつあったキリスト教の人々です。
彼らは、この汚らわしい風習をやめさせようと策を練りました。

 

そこで浮かび上がってきたのが、聖ヴァレンタイン。

 

帝国から追放されても、なお一途な愛を貫き通して結婚した聖人の彼を、

2月に行われる集会のシンボルとすることで、エッチなことをするのをやめさせようとしたんです。
 
その上、キリスト教会は、人々が淫らな誘惑にたぶらかされないように、

「ルペルカス神を崇拝すると死罪になる」といったキャンペーンまで展開。

その甲斐があって、めでたく「ルペルカス・デー」は滅んで、「聖ヴァレンタイン・デー」

にとって替わられた、という次第。


いやはや、余計なことをしてくれたもんですねぇ〜(爆)。

 

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「ヘェ〜的な話」その11 2005年 1月1日更新

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します♪

 

「煙草を吸うと肺ガンになる確率が高くなる」などと言いますね。

 

なるほど、煙草が寿命を縮めることはわかりますが、

たとえばバイクで暴走するなどといった他の危険行為と比較して、

どれだけ危険なのかはあまり比較されませんね。

ラフボロー大学のトレバー・クレッツ教授は、

そういった危険な行為が、どれだけ危険かを比較してみたそうです。
 

それによると、
 
  煙草を100本吸う行為の危険さは、
   =ワインを40本がぶ飲みする
   =ピーナッツバターを80瓶分なめる
   =ロッククライミングを2時間する
   =バイクで350時間走る
   =自動車で4000マイル(6400キロ)走る
  のと同じなんだそうです。

ついでに言えば、2年間、毎日家の中で16時間じっとしていることも

同じ危険率なんだとか。

いったい、何が危険で危険でないのか、さっぱりわからなくなりそう、、、

 

とりあえず、3日でピーナッツバターを80瓶もなめるのは難しいが、

3日で煙草を100本吸うのは簡単だということはわかります。

それだけ、危険だということ???

 

あくまで計算上の危険率なんで、比較の参考にしかなりませんが、

この教授によれば、他のありとあらゆる死因を取り除けば、

製鉄所で年間2000時間働く人は6000歳まで生きられる計算になるそうです。

車を週10時間運転する人は3500歳、バイクを同じだけ運転する人は300歳、

煙草を1日40本吸う人は100歳までしか生きられないということです。

あくまで計算上ですが。


長生きをするには、危険を避けるだけじゃなく、

積極的に健康な体を作るという手もあります。

毎日ジョギングをして、週に2000キロカロリー消費すれば、

だいたい寿命が2年から3年は伸びると言われています。

 

「おお、素晴らしい!」とお思いでしょうが、実は落とし穴があります。

 

20歳から80歳までジョギングをしたとして、それに費やす時間はおよそ2年ぐらいなので、

要するに「走るのに使った時間しか寿命を伸ばせない」んですよ。

だったら、走らなくていいや、と私なんか思っちゃいますけどね♪

 

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コラム 「ヘェ〜的な話」その10 2004年 11月27日更新

世の中には、死ぬまで秘密を守り通す人がいるものです。

ビリー・ティプトンは、妻と三人の男の養子を持ち、かなり高い評価を

得ていたジャズ・ミュージシャンでした。
彼には、誰にも言えない秘密がありました。

離婚した妻以外は、仲間のミュージシャンや三人の養子でさえ知ら
ないことでした。


それが明らかになったのは、彼が74歳の生涯を終えたとき。

埋葬の準備をしていた葬儀屋が、遺体を見て気付いたのです。

 

そう、彼は男性ではなく、れっきとした女性だったのです。

そのことを告げられた周囲は、大騒ぎに。
 
のちに新聞社のインタビューで、以前に離婚していた妻は「誰も気付きませんでしたね」

とだけ言い、結婚生活については何も語らなかったそうです。

ビリーはオクラホマ・シティーで生まれで、サキソフォンとピアノのプレイヤーだった。

どうやらジャズ・ミュージシャンとして成功するには、「男装し、男として通す」

方がいいと考えたようです。

ビリーのキャリアは数十年にも渡るが、見破られたことは一度もないそうです。

ビリーと十年間、一緒に演奏していたミュージシャンも、まったく気付かなかったという。

ただし、妙に高い声と顔つきから女っぽいと表する者はいたようだ。

養子のひとりが言うには、ビリーは死ぬ数年前から胃潰瘍を患っていたのに、

けっして病院には行きたがらなかったとか。

ってか、行けないか、、、、、

 

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「ヘェ〜的な話」その9 2004年 11月19日更新

欧米では、広く占星術が信じられています。

フランスの心理学者ミシェル・ゴークランは、占星術に興味を持 ち、これに合理性があるのか

どうかを調べてみようと思い立ったそうです。

まず何をやったかというと、フランスの電話帳を調べて、占星術師に凶悪殺人犯10人の出生

データを送ったのです。

その結果、すべて「心優しい素晴らしい性格」を描写したホロスコープが送られてきたとか。

次にやったのは、その逆。

無料で占星術をしてあげますという広告を出し、占ってほしい人を募集したのです。

応募してきた人に対して、例の凶悪殺人犯のホロスコープを送ってみたところ、ほとんどの人

が「当たってる。私の性格そのもの」と大満足だったんです。
 
気をよくしたゴークランは、その後占星術にのめり込むことになり、本格的な調査を開始。

数千人分のホロスコープを調べ、その人の人生と、誕生時の惑星の位置や星座とは何の

関係もないことを見出したのでした。

ま、当然の結果ですね。

あまりに入れ込んで調べていくうち、ある奇妙なことに気付いたのです。

彼は、天球(地球上から見た空)で、火星などの惑星が水平線から顔を出し、ふたたび沈む

までの動きを12に分割し、その位置と人の誕生頻度を調べていました。

その結果わかったことは、「著名な医学者は、火星か木星が第一区分あるいは第四区分

にあるときに生まれる」ということでした(!?)。

それだけではなく、「スポーツのチャンピオンと優秀な軍人は火星、成功した俳優や政治家は

木星、有名な科学者は土星の位置と関係している」ことも判明(!??)。

みなさん、もうお分かりですねぇ〜♪

こういうものは出生データのサンプルの取り方次第でどうにでもなります。

実際、ハーバード大学の統計学者マービン・ゼレンが調べたところによると、

「単なる確率的な偶然」

だそうです。

星占いを否定しようと頑張ってると、皮肉にも、最終的には自分で新しい星占いを作ってしまう

というお話でした(笑)。  

   

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「ヘェ〜的な話」その8 2004年10月25日更新

決してサボってたわけではありません!もちろんネタが尽きたわけでも、、、

ちょっと忙しかっただけなので、見捨てないでみてください!

 

ハリウッドでイタズラと言えば、ヒッチコックが思い出されますが、

それに輪をかけてイタズラ好きだったのが、ポール・ニューマン。

彼のイタズラは、大胆で唖然とするものが多く、金もかかっていました。

あるとき、レッドフォードが新車のポルシェを買ったことを知った彼は、

あるイタズラを思いつきます。

そして、レッドフォードの邸宅に停めてあったポルシェを隠してしまい、

わざわざ作らせた姿形がそっくりのミニチュアのポルシェと交換してしまったそうです。

ちょっと見ただけでは気付かないぶん、それがニセモノだとわかったときは、

レッドフォードもさぞや驚いたことでしょう。

ポルシェに関しては、もうひとつあります。

『スティング』の撮影が終わり、打ち上げパーティーでのこと。

監督ジョージ・ロイ・ヒルの驚く顔が見たくなったニューマンは、

彼が買った新車のポルシェが駐車場にあることを知り、イタズラをしようと思い立ちます。

なんと、そのポルシェを真っ二つに切り裂いてしまったのだそうです。

しかも、駐車場に帰ってきたヒルがよく見えるようにと、スタントマンに

工事用のライトを点けて立たせていたんだとか。

レッドフォードも負けじと、道路脇で見つけた廃車のポルシェをポール・ニューマンに

贈ったことがあります。
が、ニューマンは、すぐに反撃。その廃車のポルシェを圧縮して金属の塊にしてしまい、

さも貴重品のようにガードマン付きで送り返したんだそうです。

 

ポール・ニューマンには、まだまだいっぱいイタズラの逸話が残っています。

彼は高齢のレーサーとしても有名ですが、あるとき若いレーサーにからかわれて、

墓地のギフト券を贈られたんですが……それへの反撃がすごい。

わざわざ飛行機をチャーターし、レース中に「クリスちゃん、ウォリーちゃん、

ママに電話して」という幕を引かせて飛ばしたんだとか(笑)。

 

ハリウッド・スターは、スケールも金の使い方も違いますねぇ〜

日本人には、無理かも、、、、、もしかしたら、叶姉妹なら、、、、

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その7 2004年09月30日更新

既に「タイムマシーン」が完成していたって知ってました??

 

随分前になりますが、「YaHoo!オークッション」にものすごいモノが出品されて、

あちこちで話題になったのを知ってました?
何が出品されたかというと「タイムマシーン」だったんです!

出品した「shikumi0氏」によると、このタイムマシン(本物)は、

開発に5年の歳月と2000万円もの費用のかかった労作だそうです。

大きさは、幅152cm、奥行き215cm、高さ150cm。色はブルー系で、

アールヌーボー調に装飾されているということです。

動力源は100Vの家庭用電源(本当かい??)消費電力も、電子レンジ程度だとか!

ただし、充電機能はないので、移動先での電源は自己責任で確保してほしいとか。
実際にタイムトラベルする方法は、

スイッチを入れてから時間移行可能状態になるまで20秒(フムッフムッ)、

移行開始まで2分〜2日かかり(エッ?)、それから移行完了まで体感時間で3年(!!?)

も必要だそうです。持っていけるのは、自分の身体のみ。

つまり、3年間も裸でじっとマシンに座っていなければならないんですね。(爆笑)

 

なにしろ、モノがモノですから、出品者への質問が殺到したようですが、

「shikumi0氏」は、どの質問にも丁寧に答えていたそうです。

たとえば、「このマシンには、裸で搭乗するとのことですが、

それでは時間移動した先で困りませんか?」という意の問いに

「はい、私もいつも困っています」と、とても率直な答えを寄せていたらしいです(笑)。
ほかにも「タイムマシンを所有すると、税金はどうなりますか?

保険をかけることはできますか?」という問いには、

「最寄りの税務署、保険会社にお問い合わせ下さい」だそうで。そりゃ、そうだ(笑)。

残念ながらこのオークションは、落札日の前日、金額も100兆円に届こうかという段階で、

オークションサイトから削除されてしまったそうです。

なんでも、「架空の商品は掲載させないが、可能性は低いとしてもこのタイムマシンは

実在しないと即断できず対応の決定に時間がかかった」というのが

削除に至るまでの経緯だとか。

 

もしかしたらあなたの近所に最近越してきた人は、「タイムマシン」を持っているかも(笑)

 

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「ヘェ〜的な話」その6  2004年09月10日更新

よく「昔の人は、平均寿命が五十歳ぐらいだったから、五十歳を過ぎると老人だった。

それ以上生きることは、ほとんどなかった」と考えている人がいますが、それは間違いです。
.
なぜかというと、通常言われる平均寿命とは、実は平均余命のことで、

『ゼロ歳児が、平均して、あと何歳まで生きられるか』を示しているからです。

乳児死亡率が異常に高ければ、当然、『ゼロ歳児が、あと何年平均しても生きられるか』

は短くなります。

江戸時代や、もっと以前の社会で、びっくりするほど平均寿命が短いのは、

よく子供が死んだからなんです。


ゼロ歳児の平均余命が五十歳でも、四十九歳の人の平均余命が一歳ということは

あり得ないので、江戸時代の人だって、四十九歳まで生きられたのなら、たいていは

五十歳になれたはずです。

七十歳の人が七十一歳になれたかどうかは、知りませんが(笑)。 

現代の職業の中で比較的過酷だと言われる職業と聞かれるとプログラマが、

ふと頭によぎります、、
ときどき、新聞などで「プログラマの平均寿命は信じられないほど短く、

ほとんどが四十歳以下で死亡」というような記事が出ているせいかもしれませんが、

これもウソです。

なぜなら、この数字は「今までプログラマが何歳で死んだか」の平均でしかないからです。


プログラマという職業は、ごく最近に出来たものです。コンピュータの出現以前には

なかったわけですから、どんなに長く見積もっても、四十年ほどの歴史しかありません。

二十歳くらいからやっている最古参のプログラマでも、ほとんどの人が生きてます。

そのため、七十歳、八十歳まで長寿をまっとうしたプログラマは、存在しないんです(!)。

それなのに、平均寿命を出そうとするとどうなるか??

結局、若くして死んだプログラマの年齢の平均を取るしかなく、それで計算すると、

非常に平均寿命が低くなるんですね。

 

だから新聞で「プログラマは早死にする」と書かれても、あわてて転職しないように(笑)。 

 

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短編小説 「クラッシック」    2004年09月04日更新

春の大舞台!クラッシック!

一万頭の中で18頭にだけ許されたターフ!
まさか俺の様な鵜脱の上がらない騎手がこのターフに上がるなんて、、
兄弟子の突然の落馬、厩舎お抱え騎手で関東に来ているのは俺だけ!
おやじさんからの「いけるか?」の言葉に戸惑いながらも黙ってうなずいた。
競馬学校を出て8年、重賞勝ちもない俺がいまパドックで騎乗合図を待っている。


トライアルを2番人気で逃げ切ったこの馬は今回1番人気の支持を得ていたが、
騎手変更発表後に2番人気に落ちていた。


騎乗合図が掛かり、ターフへの地下通路でおやじさんからの激が飛ぶ!
そして返し馬、ゲートまでの待機馬場、他騎手からの野次、鼓動が早くなるのが自分でも分かる。
奇数馬からのゲート入り、そして俺。すべての馬がゲートへ入った。
ここまでは順調だ。

スタータが旗を振る。
「出ろー!」ゲートが開き、全馬スタート!スタートは悪くない。
「行ける」
ハナは切れなかったが、競り合いながらも定位置である先頭へ。
1000m通過で2番手に10馬身差をつけている。
「すこし早いかな」  少し手綱を絞るが勢いが止まらない。
最終コ−ナに入り2番手との差は縮まってないし馬も疲れた様子はない。
直線が見えてきてステッキを左手に持ち替えた!
「勝てる!」  鞭のしなりと共に加速する。2番手が差を詰めるが、二の足の延びがいい。


「バキッ!!」   鈍い音と共に減速!


「えっ、な、なんやっ!?まさかっ!!」
3頭、4頭次々と抜かれて行く。のこり50m。ターフへとおり馬へと目をやる。
3本足でビッコを引きながらもまだ走ろうとしている。
「何でや!動くなっ!動いたらあかん!」  必死に首にしがみ付く俺の肩に涙が落ちる。
もがきながら、目に一杯の涙を溜めながらゆっくりとターフに倒れ込む。
それでもなおゴールから目を離そうとしない。


「離れて!」  係員が俺を馬から離そうとするが手が離れない。
「辰っ!!」  おやじさんの声で始めて我にかえった。
「おやじっ、俺、俺、、、」  「もうええから、控え室で待っとれ!」
控え室でリプレイを食い入る様に見て気づいた。


「1000m57秒!?」  しまった早過ぎる。まだ若駒にこのタイムは自殺行為だ!


おやじさんが控え室に戻ってきた。
「おやじさん、あいつは、、?」
「予後不良だ!運がなかったんや、運が!おまえのせいじゃない!」
「おやじさん、俺、俺、、、、」  いつまでもあいつの目が頭から離れなかった、、、

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その5 2004年09月02日更新

近々民間での宇宙飛行も実現しそうな話もあり、宇宙旅行が出来る日も夢ではなくなってきましたが、

先人宇宙飛行士達は大変な努力をしたことでしょう!

先人宇宙飛行士のセリフって、記録に残ってますよね。

 

世界初の有人宇宙飛行をなしとげた旧ソ連ガガーリンの「地球は青かった」、はじめて月面着陸に

成功したニール・アームストロングの「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍の

第一歩だ」が有名ですね。

初の女性宇宙飛行士である旧ソ連のワレンチナ・テレシコワの「私はカモメ」も有名ですよね!

 

でも一番すごいと思うのが、女性宇宙飛行士として2人目となった同じく旧ソ連のスベトラナ・サビツカヤ

の宇宙飛行に際して、すごい名セリフ(?)を記録に残しています。

 

宇宙船ソユーズで宇宙を飛行していた彼女は、宇宙ステーション・サリュートにドッキング。

ステーション内部に乗り移りました。

中で待っていた宇宙飛行士は、女性だと軽くみていたのか、さっそくエプロンを渡して

「ステーション内部を掃除してくれないかなあ?」と頼んだそうです。
この宇宙初の女性差別に対し、宇宙ではじめて敢然と立ち向かい、サビツカヤが言ったセリフがコレ。

   「そんなの、あんたの仕事でしょ!」

正確には、「掃除は、あなた達ステーション側の宇宙飛行士が、責任をもってやる仕事でしょう」。

科学者として生物実験をやりに来たのであって、家政婦として来たのではない、と言いたかったようです。

このセリフ、女性運動の歴史に残しても良いくらいだと思うんですが、いかがですか?

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その4  2004年08月28日更新

肉じゃがといえば、今や日本の家庭料理の代表のような顔をしていますよね。

そのせいで、みんな、肉じゃがのことを「昔から日本にある伝統料理だ」と思ってませんか?

残念ながら、肉じゃがに伝統なんかありません。

実は、ポテト・コロッケをのぞけば、じゃがいもが食べられるようになったのは、戦後のこと。

それまで、じゃがいもは米や麦の代用食としてか認知されてなかったんですね。

だから、肉じゃがなどという料理が存在したはずがない(笑)。

肉じゃがのルーツとしては、明治時代、旧帝国海軍司令官・東郷平八郎が

イギリスのビーフシチューを改良して作ったということが言われてます。

が、そのレシピ通りに作ると、現在の肉じゃがとは似ても似つかぬものになるらしい(笑)。

肉じゃがが全国的に普及したのは、1973年の石油ショック以降、1974,75年頃のこと。

このときの不況によって、日本全土に節約ムードが吹き荒れ、伝統回帰が叫ばれました。

 

料理の世界でも、和風の家庭料理が尊ばれたのですが、この頃に結婚した団塊の世代は、

カレーやシチューやハンバーグといった洋風料理しか作れなかったんですね(笑)。

しかも、母親から料理を習おうなんて気はさらさらなかった(笑)。

そこで、料理雑誌や新聞、テレビなどのマスコミが和風料理を紹介することになるんですが、

その中に「シチューで慣れ親しんだじゃがいもを、すき焼き風の醤油味で煮付けてデッチ上げた料理 」

があった。

 

それが、肉じゃが。

 

誰が名付けたのかわからないものの、この絶妙なネーミングで一世を風靡、

数年で家庭料理の王座についたんです。 

よく合コンなんかで、得意料理を訊かれて「肉じゃが!」と答える女性がいますが、

あれぐらい信用できないことはありませんよね(笑)

偏見を承知で言いますが、そういう女性は、「肉じゃが=家庭料理=これさえ言っておけば、

たいていの男はイチコロ」と思っているのではないでしょうか?

 

石油ショックの時期に確立した肉じゃが のイメージを利用してるわけで、

料理好きで家庭的というイメージを植え付けようとウラがありありに感じます(笑)。

「目玉焼き」とか「スパゲッティー 」とか、本当に普段作っていそうなものを言う女性の

方がウラがなく、本当に普段から料理してそうですよね!?

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その3  2004年08月26日更新

今では当たり前のようにみんなが飲んでいるコカコーラやペプシも昔は薬だったって知ってました?

 

<コカコーラの発明者>
コカコーラを発明したのは、アメリカはアトランタ州の薬剤師で薬の行商人だった

スタイス・ペンバートンという人。

1886年のことで、自宅の裏庭でコカの葉やらカフェインやらを混ぜて煮込み、

作ったものがコカコーラの原型だそうです。本人は二日酔いなどに効く薬のつもりだった。

非常に残念??ながら、現在はコカインの原料でもあるコカの葉っぱは入ってないらしいですが(笑)。

<コカコーラの名前の由来>
コカコーラの命名者は、ペンバートンの帳簿係だったフランク・ロビンソン。

今も使われ続けているコカコーラのイタリック体のロゴは、この人が書いたものだそうで、

コーラという名前は、南アフリカ原産のコーラ・ナッツからきているが、

それは「kola」と書くらしいですが、なんとなく見栄えが良いので、「cola」に変えたそうです。

<コカコーラの値段>
コカコーラが売り出された当時の値段は、5セント。サーロイン・ステーキが一皿

15セントだったそうだから、相当高価なものだったらしい。

(今の日本で言えば、ユンケル皇帝液のような感じだろうか?)驚いたことに、

その後50年も値上げされなかった。

めちゃくちゃ売れたので、値上げしなくても良かったということだとか。
 
<コカコーラのライバルといえば>
コカコーラのライバルと言えば、ペプシコーラ。

このペプシという言葉、なんとなく中学高校の生物の時間に習った消化酵素の

ペプシンに似ていると思ったことはありませんか?あなたは正しい(笑)。

なぜなら、もともと消化不良を意味する「Dyspepsia」が由来だから。

ペプシは、1898年、ケイレブ・ブラッダムが消化不良の薬として開発したもの。

なんだ、ペプシも薬なのかよ(笑)。

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その2 2004年08月18日更新

今年は、アメリカ大統領選挙の年なのでこんな話を、、、、、、

『オズの魔法使い』が、アメリカ大統領選挙の話だったって知ってました?

1890年代アメリカには、人民党という政党があったのですが、『オズの魔法使い』の

作者ライマン・フランク・バームは、その人民党の熱心な党員でした。

バームは、1896年のアメリカ大統領選挙で人民党の大統領候補ブライアン氏が

破れたことから、この選挙の模様を童話にする決心をしたそうです。

 

当時の選挙の争点は、アメリカの貨幣を金本位制にするか、

それとも銀本位制にするか、でした。

 

それで、付いたタイトルが『オズ(oz)の魔法使い』。

 

金の重さを量る単位であるオンスの省略形というわけです。

同じように――
主人公ドロシー=人民党の本拠地があったカンザスの子で、普通の市民。
心のないブリキの木こり=職を失った労働者。
脳のないかかし=政治に無関心な農民。
臆病なライオン=大統領候補だった人民党のブライアン氏。
を表すんだそうです。

だいたい、各地の魔女を倒して目的地へ行くというストーリーからして、

全米各地の選挙を経て大統領を決める大統領選そのもの。

ドロシーは、東の魔女(=東部の銀行家)をやっつけたあと、

魔女の銀の靴(=銀本位制)で黄色いレンガの道(=金本位制)を渡って、

エメラルド・シティ(=ワシントン)への道を行く。
やっとたどり着くと、善良なはずのオズの魔法使い(=大統領)が

詐欺師だとわかり、幻滅する。

 

結局、かかし(=農民)はオズの国に残り、木こり(=労働者)は

東の国(=東部の金融街)を支配し、臆病なライオンは森に帰ってしまう

(=大統領選挙に惨敗する)。

ちなみに、映画版では、銀の靴はルビーの靴に変えられていましたが、

銀本位制を主張した大統領候補ブライアン氏は、ここでも『銀』を葬られてしまったわけで、

やっぱりかわいそうな話ではあります(笑)。

 

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コラム

「ヘェ〜的な話」その1  2004年08月17日更新

ラーメンが、どこの国の食べ物か知ってますか?

実は、れっきとした日本生まれの日本育ちなんですよ。

1921年、札幌の北海道大学前に「竹屋食堂」という中華料理専門店が開店しました。

ところがこの店、その頃日本に大勢来ていた中国人留学生には、

とても評判が悪かったそうです。

というのも、コックが日本人ばかりで、誰もちゃんとした中華料理が

作れなかったからなんですね(笑)。

翌年、そこに、王文彩という中国人コックがやってきます。

彼は、もともとシベリアのニコライエフスクの中国料理店で働いていたのですが、

ロシア革命の騒動に巻き込まれ、流れ流れて日本にたどり着いたという人物。

竹屋食堂に雇われた王は、客の目の前で麺を手延べし、

肉のスープに入れて料理として出すようになります。

 

これが、ラーメンの原型。

 

つまりラーメンとは、日本に流れ着いたロシアの中国人コックが作った日本料理

 

なんと、ややこしい(笑)。 

これが、のちの札幌ラーメンとなるわけですな。

本格ラーメンといえば、真っ先に札幌が出てくるのは、単にそこが発祥の地だから。

札幌ラーメンが有名になったのは、昭和29年に週刊朝日が「札幌・ラーメンの街」

という記事を載せたせいです。

これで、全国的にラーメンという呼称が広まりました。

 
では、どうしてラーメンが全国に広まるかというと……

 

あの「チキン・ラーメン」のおかげなんです。 

日本中に広まった中華そばが、ラーメンを名乗るようになったのは、

昭和33年以降のこと。この年、日清食品が「チキン・ラーメン」を売り出し、

それが驚異的な大ヒットとなったため、中華そばという名前が

一挙に古びてしまったからなんです。

その後、他のメーカーも次々にインスタント麺を出し、ラーメン人気に火がついたので、

どんどんラーメン屋が出来ました。

だから、「食堂でしか食べられないラーメンを家庭で食べられるようにしたのが、

インスタント・ラーメン」ではないんです。

その逆なんですよ。

 

「家庭のインスタント・ラーメンが人気になったので、

食堂でも食べられるようになったのがラーメン」

 

なんです。

考えてみれば、おかしな食べ物ですね(笑)。 

というわけで、札幌ラーメンを別にすれば、本物の本格ラーメンとは

「チキン・ラーメン」のことだと考えて差し支えないでしょう(笑)。

だって、元祖なんですから。

よく、ラーメンのことを「中国4000年の味」なんて言う人がいますが、

それはいろいろ間違っています(笑)。  

 

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短編小説 「未勝利」       2004年08月08日更新

天候 晴れ、馬場状態 良。

ゲートイン直前、騎手には迷いがあった。


「最後の直線でスパートか、もっと早くか」


彼がまたがる馬は血統の魅力で話題になり、クラシックホースの声もあがるほどだった。
しかし、デビューから10戦して未勝利。

もうクラシックの夢は叶わない。
オーナーも調教師の先生も今まで俺を乗せてくれているが、このままじゃじきに降ろされる。それに、いつまでも勝てなかったらこいつの行き先も決まってしまう。
騎手も馬も背水の11戦目。

調整は万全。今までで最高のデキだ。なんとか勝ちたい。
「こいつはスタミナよりも瞬発力だから最後の直線でスパートしたほうがいい。」

でもそれで10回も負けた。

「いつもより早めにしかけるか。いや、それでは詰めが甘くなる。」
まだ迷っているうちに各馬ゲートイン完了。

彼はまだ葛藤の中にいた!

「内枠の逃げ馬がとばすのは確実だろうからハイペースになる。」
「そしたら前がバテたところを一気に。それじゃいつもと同じだ。思い切って前に行くか?
でもこっちがバテては元も子もない。」

「それにこいつはスタートが下手だから簡単には前に行けない。」


まだ迷い。そしてゲートオープン。

案の定出遅れ。


「ちっ、こうなったらまた後ろからしかない。」

前はとばしてるな。案の定ハイペースだ。
ぎりぎりまで我慢してためるだけためて直線勝負。

「いつものこいつの走りをさせてやればいいんだ。」
「最後方からの追い込みこそ、こいつのそして俺の競馬だ。

小細工なんかいらない。俺たちの競馬を見せてやろうじゃないか。」


腹は決まった。

やがて第3コーナーにさしかかる。

最後方で我慢。
馬群をひっぱる逃げ馬はハイペースがたたってバテてきた。
まだ我慢。

第4コーナー、各馬動きが激しくなる。先頭が入れ替わる。


「よし、ここからだ。行け。」


騎手の意思が手綱を通して馬に伝わる。インコースを奪い合う馬群を避けて大外を回る。
右手でムチを抜く。コーナーを曲がりきる。ゴールまでは直線約300メートル。

先頭との差は10馬身。

「いけえぇ。」


ムチが入り、重心が下がる。

一歩一歩ストライドを刻むたびに先頭との距離が縮まる。
他の馬とは明らかに脚色が違う。左手で手綱をしごき右手でムチを振るう。
まっすぐ前を見つめて他の馬など見ていない。自分たちのアイデンティティを見せつける。
先頭の馬に並びかける。
そのままゴールイン。


先頭の馬の前に鼻を突き出したのは、ゴール板を過ぎたあとだった。
2着、、、、


11戦未勝利、、、

 

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コラム

「少年の心を持った大人」 2004年7月23日更新

私は、「適当」と言う言葉が好きだ。


あまり良い意味で使われることが少ない傾向にあるが、決して悪い意味ではない。
「ずる賢く人の目を盗んで物事を行う」と勘違いしている人もいるかも知れないが、
私は、「対象に対し無理をしない程度に行う」と解釈している。

子供の時は持っている知識、考える能力が乏しい為、何にでも「がむしゃら」に後先
を考えないで行動する。
そうする事でさまざまな知識を得て、考える能力を伸ばしていく。


こういった行動は、「適当な行動が出来る大人」によって見守られて成長していく
ものと考えている。

最近は、余裕がないせいで「正しい適当」が出来ていない大人が多いと思う。

 

何気ない生活の中でも余裕がない人は「人生を謳歌する為に生きる」

という根本がどっかに飛んでいる気がしてならない。


「悪い意味の適当しか出来ない大人」に見守られた子供たちは、どうなるか?

「適当の意味をはき違えた大人」に見守られた「がむしゃらな行動をする子供」は

創造を絶する行動を起こさないだろうか?
それが、今の日本の実態かもしれない。

「正しい適当」が出来る人が、大人になって「がむしゃら」になれるものを見つけた

時に他人の目からは、「少年の心を持った大人」として敬意をもって見られると思う。

「適当」が正しく出来ていない大人達がいくら社会の為と街頭演説等でわめいても
聞く耳をみんなが持たないのは当然だと思う。

私はこれから生きていく中でつねに「少年の心を持った大人」であり続けたい。

 

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短編小説

「 始 ま り 」       2004年7月15日更新

まるでゲームセンターでも行く様な気分で友達を駅で待っている。
「何かめんどくせーな。」10分の遅刻だ。


「わりーわりー」片耳にイヤホンをし、

くしゃくしゃのスポーツ新聞を握りしめた友達が頭をかきながら現れた。
「さあ、行こうか!」あいさつもろくにせず歩き出す友達に話しかける。


「何かすげー人だな、いっつもこんなに混んでるのか?」

「ああっ!今日は特にな、G1開催だしな!」すぐにまた新聞に目をやる。


正門につき、ポケットから裸の小銭を取り出し、

「今日は誘ったから俺が出すよ!おばちゃん二人分ね!」

と400円を受け付けに差し出す。


「記念だ!」友達は入場券の半券を俺にくれた。

「ちょっと待っててくれ」そう言い、オッズプリンタへ。

「やっぱり堅てーなあ!」すたすた歩いて行く。


「ちょうどここからなら最終コーナからの立ち上がりが見えるんだ!座れよ」

新しめの建物の芝生に競馬欄以外の新聞を無造作に敷いて場所を取る。

「いいか、この馬は前走を楽勝してて今日1番人気だ!今日はこの馬からだな」

束で取ってきたマークシートを俺に渡して新聞の見方を教える。


「よくわからないや、この馬は名前が面白いな」新聞に目をやりながら指さした。

「最初からわかったら怖いわ、いいんじゃねーか好きな名前で買うのも」

マークシートの書き方を教わり、100円分買った。


「暇だな、ビールでも買ってくるよ」友達はくしゃくしゃの1000札を渡し、

「2本な」とだけいい、また新聞に目をやる。


「良い天気だな」

周りを見ると親子連れや友達と同じ様に新聞を穴が空くぐらい眺めてる人までさまざまだ。
「おい、そろそろだぞ」買ってきたビールを手に取り立ちあがる。

まるで野外コンサートで歌手が出てきたかのごとく歓声があがる。


そしてファンファーレ!

一種異様な光景だ!遠くのほうで馬がゲートに入っていく。

 

走り出した。


でかいテレビに馬が映っている姿にみんな食い入る。

「おまえの馬は黒と赤だからな」一生懸命探す。

だんだん近くに寄ってきた。それと共に歓声が一層激しくなる。

「逃げろ〜、、差せ〜、、」さまざまな声が飛ぶ。

「行け〜〜!」気がつくと叫んでる自分がいた。


「あああ〜〜」 どよめきが起きる。


「ちくしょっ〜!」悔しがる友達。

「おまえ取ったんじゃねえか?」馬券を破きながら友達が覗き込む。

 

テレビにリプレイが映し出される。

「やった!」確定後馬券を換金に行って、3480円を握り締める。

「ビギナーズラックだな!」そう言う友達に「また来ような!」と歓喜する。

 


あれから、16年!

「ビギナーズラックだな!」と言う俺に

「また来ようね!」と歓喜し5620円を財布にしまう妻と家路に着く、、、

 

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