タマモクロス

私の中での最強馬を挙げるとタマモクロスの名前が頭に浮かぶ。
1997年当時の最強馬として聞かれれば大抵ナリタブライアンを筆頭に、ビワハヤヒデ、メジロマックイーン、トウカイテイオー、ミホノブルボン、そして、オグリキャップやスーパークリークの名が挙がる。

タマモクロスが出てくるのは、せいぜいその次くらいであろう。
タマモクロスが過小評価されているのは、なんといってもオグリキャップの存在に尽きる。
サラブレッドとしての能力でいえば、明らかにオグリ以上に強かったにもかかわらず、例のオグリキャップ狂乱のせいで、印象を薄くされてしまったのだ。
実際、直接対決でも敗れたのは引退レースである有馬記念の2着のみなのだからこれはもう、運が悪かったとしかいいようがない。
また、4歳(*現在の馬齢表記で3歳)時はクラシックに縁がなく、下級条件をウロウロしていた晩成型であることも、評価を下げているポイントになるかもしれない。


だが、成熟し、本当の力を発揮したときのタマモクロスはとてつもなく強かった。
それこそ、オグリキャップなど物の数ではない。


いずれにせよ、タマモクロスと同時期に走った馬で、タマモクロスを凌駕できる力を持った馬は皆無であったといえるだろう。
それほどの馬が過小評価に甘んじなければならないのは、なにやら寂しい気がする。 


タマモクロスがデビューしたのは3歳の時、初勝利を挙げるまで3戦かかり、その後8戦目までふがいないコンビーフにされてもしかたがないレースが続く。
初戦と落馬したレース以外は、ダートを使っていた小原調教師は方針をかえ、芝での勝負に出た。


タマモクロス快進撃の始まりである。

 

条件線2戦を2着馬に7,8馬身という強烈なレースを続けたことで、タマモクロス陣営も一気に強気に(笑)重賞挑戦を行いレコード勝ち!
結局古馬になってから8連勝(G1 3連勝含む)の後、ジャパンカップで外国馬の2着、引退レースでオグリキャップの2着と最強馬ぶりを遺憾なく発揮!


どう考えても、最強馬でしょう?
                             

     競馬の巻へ戻る

inserted by FC2 system